老い

老い

ブログにお越しくださりありがとうございます。

 

先月母が退院してから私的には年相応かなと思っていたけど、一緒に住んでいる兄や久しぶりに会った妹が

呆けが進んでるみたいやから医者で検査してもらってと、連絡があった。

先週一緒に薬を貰いにいったとき、簡易検査で長谷川式ってのがあるらしいので

それをやってもらいました。

まぁ検査結果は全く問題なしでした。

その検査内容を教えてもらうと

今日は何月何日何曜日?

100から3ずつ引いてください。

野菜10種類?

空間認識図を真似して書く。

など10項目くらいあるらしい。

30点満点中28点と全く問題なしでした。

もしかしたら私の方が物忘れあるかもと思いました(苦笑)

 

そんな母の付き添いをしてるときに、ふと頭をよぎった歌詞がありました。

さだまさしさんの療養所(サナトリウム)。

 

「歳とともに誰もが子供に帰っていくと、人は言う。だけどそれは多分嘘だ。

思い通りに飛べない心と動かぬと手足、抱きしめて燃え残る夢たち。」

 

子供に帰るんじゃないよね。

本人にしたら忘れたくて忘れるんじゃないよね。

動きたいけど動けないんだよね。

借りている肉体が限界にきてるんだよね。

母にしたら80年も酷使してきたんだもんね。

きっと今の私でなかったら、母の言動は兄や妹同じやったかな。

老いを受け入れることできなかったかも。

携帯になんども同じことでかけてくることもあるけど

それはそれでいいかな。

 

薬も自分で管理できるし、散歩も少しならできるし、ご飯も自力でたべれる。

まだまだできることたくさんあるもんね。

そのできることを見ていきたいな。

一緒に住んでないから言えることかもしれないけどね。

少しずつ関わること増やしていきたいな。

私が後悔しないように。

 

そう

昨日9月15日は私が母を選んでこの地に来た日。そして私が生まれた翌年くらいに敬老の日とされた日(今は違うけどね)

母の娘でよかった。

産んでくれてありがとう。

ここまで育ててくれてありがとう。


15日はFBで沢山のかたから

お誕生日メッセージをいただいたり、数年ぶりに素敵なお花をいただいたりと

幸せな気持ちで一杯なときに、ふとした会話から親の話になりこれを書いておこうと思いました。

 

母自身が今の状態を選んでいるんだろうし、私は私ができることだけをしていくだけ。

 

今在ることに感謝。

お読みいただきありがとうございました。